第48回 勉強会

「朝鮮労働党大会から分かる北朝鮮の現状」

平成28年6月24日(金)18:30~20:30

ポルタ神楽坂ビル7F 理窓会第二会議室

宮本 悟 氏

 

聖学院大学政治経済学部政治経済学科特任教授 政治学博士

 

同志社大学法学部卒。

ソウル大学政治学科修士課程修了〔政治学修士号〕。

神戸大学法学研究科博士後期課程修了〔博士号(政治学)〕。

日本国際問題研究所研究員、

聖学院大学総合研究所准教授、

聖学院大学基礎総合教育部准教授

専攻は、比較政治学、国際政治学、政軍関係論,安全保障論,朝鮮半島研究 

 

 

概要 

 

56日から開催された36年ぶりの朝鮮労働党大会は、北朝鮮の経済力の発展を示している。

 

5年ごとに開催されるはずの党大会が36年間、開催されなかったのは、金日成や金正日が言うように、経済状況が悪いからであった。それを開催するということは、北朝鮮の経済力が大きく回復し、史上最高の状態にあることを意味する。

 

本講演では党大会の状況などから現実の北朝鮮がどういう状態にあるのかを明らかにする。

 

司会進行の河本日本大学危機管理

学部教授

(当会副代表理事)

朝鮮労働党大会から分かる北朝鮮の現状

 

第7回朝鮮労働党大会開催

 

  • 2016年5月6日~5月9日に北朝鮮の支配政党である朝鮮労働党が党大
   会を開催した。
  • 朝鮮労働党が党大会を開催するのは約36年ぶりである。
  • この朝鮮労働党大会が、なぜ開催されたのか、そしてそこから北朝鮮の現状を明らかにしたい。

 

そもそも党大会って何か?

政府の会議ではなく、党の会議である

 

  • 政府の会議ではなく、党の会議である。だから、政策を決めることはできない。ただし、一党独裁体制である北朝鮮では、朝鮮労働党で決定されたことが政府機関でそのまま決定されるので、党大会は重要である。
  • 朝鮮労働党だけが党大会を開催しているわけではない。日本の自由民主党も共産党も「最高機関」である党大会を開催している。
  • 例: 自由民主党規約 第三章第一節党大会 第27条 「党大会は党の最高機関とし・・・」。自民党は毎年党大会を開催しており、2016年には3月13日に開催された。
  • 朝鮮労働党においても、党大会は「最高機関」と定められている(2010年党規約21条)。
  • 要は、党では最も権威があり、権力のある会議が「最高機関」であり、それが朝鮮労働党では党大会と呼んでいるのである。そして、それは朝鮮労働党だけではなく、自民党でも日本共産党でも、朝鮮労働党でも、その最高機関を党大会と呼んでいるのである。

 

2010年党規約における党大会の役

 

  • 朝鮮労働党規約は2012年、2016年にも改正されているが、内容が発表されていない。海外で分かるのは現在では2010年党規約のみである。
  • 党大会は党の最高機関である。
  • 党大会は党中央委員会が招集し、党大会招集日は六月前に発表する。
  • 党大会の事業は次のとおりである。
    •1)党中央委員会と党中央検査委員会の事業を総和する。
    •2)党の綱領と規約を採択又は修正補充する。
    •3)党の路線と政策、戦略戦術の基本問題を討議決定する。
    •4)朝鮮労働党総書記を推戴する。→この部分は第7回党大会で
      党委員長に変更されたであろう。
    •5)党中央委員会と党中央検査委員会を選挙する。

 

朝鮮労働党の略史

 

  • 1945年10月10日に朝鮮共産党北部朝鮮分局が成立する。この日が党創設記念日。
  • 1946年初頃から北朝鮮共産党とも呼ばれるようになる。
  • 1946年8月28日-30日、北朝鮮新民党と合併して、北朝鮮労働党となる(第1回党大会)。金枓奉が党中央委員会委員長であり、金日成が副委員長。
  • 1949年6月30日に南朝鮮労働党と合併し、金日成を党中央委員会委員長に選出して、朝鮮労働党になる(当時は未公表)。
  • 1966年10月12日に党首班が総書記になる。金日成が総書記(1994年7月8日死去)。
  • 1997年10月8日に金正日が総書記(2011年12月17日死去)。
  • 2012年4月11日に党首班が第一書記になる。金正恩が第一書記(2016年5月9日まで)。
  • 2016年5月9日に党首班が党委員長になる。

 

 

朝鮮労働党大会の略史

 

  • 第1回党大会:1946年8月28日~8月30日(北朝鮮労働党)
  • 第2回党大会:1948年3月27日~3月30日(北朝鮮労働党)
  • 第3回党大会:1956年4月23日~4月29日
  • 第4回党大会:1961年9月11日~9月18日
  • 第5回党大会:1970年11月2日~11月13日
  • 第6回党大会:1980年10月10日~10月14日
  • 第7回党大会:2016年5月6日~5月9日

 

約36年間の空白はなぜ生まれたか?

 

  • 第6回党大会(1980年10月10日~10月14日)と第7回党大会(2016年5月6日~5月9日)の間は約36年間の空白がある。このことがよく話題になった。
  • ただし、そもそも朝鮮労働党が党規約に書かれている期間通りに党大会を開催したことはほとんどない。第1回党大会(1946年8月28日~8月30日)に採択された党規約では党大会を毎年開催することになっていた。
   それが第3回党大会(1956年4月23日~4月29日)では4年に1回にな
   り、第6回党大会(1980年10月10日~10月14日)で5年に1回になっ
   た。
   ということは、まともに規約通りに党大会が開催されたのは、第1回
   から第2回の間(約1年半)ぐらいであり、他は規約で定められた期間と
   は異なる。
  • それでも、5年間の規定がありながら、36年間開催できなかったのは、ある事情がある。

 

経済の悪化が原因

 

  • 社会主義国家である北朝鮮の経済政策は、計画経済であって、市場経済ではないという大原則がある。
  • 金日成と金正日は、党大会を開催できない理由を経済状況が芳しくないからと言っていた。
   それは、党大会では新たな計画経済を発表しなくてはならない上に、
   経済力が高まっていることを誇れるような状態でなくては、党大会開
   催の象徴的な意味がないからである。
   これが、36年間も党大会が開催できなかった最大の理由と考えられ
   る。
  • 北朝鮮では、1987年から1988年ぐらいが最高の経済力を持っていたと認識されている。その後、北朝鮮の経済は奈落の底に落ち、計画経済どころではなくなった。
   ところが、計画経済が破たんし、配給制度も崩壊すると、人々は生き
   るために市場をあちこちにつくって食料や必需品を調達するように
   なった。
   すると、市場経済が発展し、朝鮮労働党はそれを黙認することで、北
   朝鮮の経済は回復し始めた。
   もし、経済力が史上最高になれば、党大会を開催する名目ができる。

 

党大会を開催できるようになったのは、史上最高の経済力

 

  • 現在、北朝鮮の経済力は、かなりの程度回復したことは間違いない。
  • 経済を回復させ、史上最高の経済力を持つと目標を立てた年が、金日成誕生100周年である2012年であった。
   「強盛大国の大門を開く」というスローガンが立てられ、1980年代
   末ごろの経済力を上回ることを2012年内に達成することを目的とし
   ていた。
   しかし、結局、「強盛大国の大門を開く」ことに成功したとは発表さ
   れなかった。経済が回復したとはいえ、1980年代末には届いていな
   いと認識されていたのである。
  • しかし、2015年に北朝鮮では、目に見えて経済力の回復が確認されるようになった。
   その中で10月に発表されたのが、2016年5月初に党大会を開催するこ
   とであった。党大会は党規約によって6カ月前に開催を公示しなくて
   はならない。
   2015年10月頃に朝鮮労働党は、2015年内に史上最高の経済力を持つ
   ことができ、6カ月後には党大会を開催できると踏んだのである。 

 

 

でも、これからどうやって経済発展するの?

計画経済か、市場経済か

 

  • 史上最高の経済力といっても、それは1980年代末頃の北朝鮮の経済力を上回ったにすぎない。しかも、それを達成したのは市場経済によるところが大きい。
   朝鮮労働党が看板に掲げている計画経済ではないのである。しかし、
   第7回党大会では、経済大国になるための新たな経済計画を出さなく
   てはならない。
   では、市場経済を捨てるのかというと、それもできない。そこで第7
   回党大会で提起された経済計画は、2016年から2020年の「経済発展
   5カ年戦略」というものであった。すなわち、「計画(Plan)」ではな
   く、「戦略(Strategy)」であったのである。
  • なぜ計画ではなく戦略なのか?中国共産党に前例がある。
   2006年に開始された第11次5カ年計画は、中国語では従来の「計画」
   ではなく、「規画」であった(第11次5カ年規画)。英語でも、「計画
   (Plan)」から「規画(Guideline)」に変わった。
   これは市場経済の導入によって、経済計画の目標値を達成目標ではな
   く、ある程度の目安にして、柔軟に対応するためのものである。
   つまり、北朝鮮も同じように、計画経済の看板を残しつつ、市場経済
   を活用して柔軟に対応しながら「経済大国」になるために、「計画
   (Plan)」ではなく、「戦略(Strategy)」にしたと考えられる。
   結局、朝鮮労働党は、市場経済を活用しながら、計画経済の看板を掲
   げるあいまいな経済政策を採ることにしたといえる。

 

他の発表事項について

 

  • 党大会で発表したのは、計画経済ではない。党大会では、金正恩が総括演説をしているが、その中で核政策(経済と核武装の併進路線)などにも言及している。
   ただし、それらは以前から決定していたものであって、党大会で新た
   に発表したわけではない。
  • 他の新しい発表: 組織・人事問題
  • 党中央委員会の委員・候補委員が選ばれた。2010年に比べて、いなくなった人物も多いが、特に世代が変わったとは言い難い。
  • 朝鮮労働党書記局が政務局に名称変更した。これによって、第一書記という党首班の名称はなくなる。
  • 党首班が第一書記から党委員長になり、金正恩が推戴された。
   金日成時代の党中央委員会委員長は、党大会で推戴されるのではな
   く、党大会で選出された党中央委員会で選ばれていたのである。
   それに対して、党委員長は、党大会で推戴される。ちなみに総書記は
   金日成時代には党中央委員会で選ばれていたが、金正日時代には党代
   表者会などで推戴されていた。
   このように手続きは異なるので、同じ制度ではないのだが、党首班で
   あることに変わりない。
 

北朝鮮の現状: 古きものと新しきもの

 

  • 朝鮮労働党は、党大会で金日成時代の計画経済に復帰する、または計画経済を放棄する決定をしなかった。
   1990年代以来、黙認してきた市場経済を活用しながら、計画経済の
   看板を掲げることになったといえる。北朝鮮の経済力は発展している
   ため、中国共産党と同じく、決定する必要に迫られなかったものと考
   えられる。古い時代の計画経済と新しい市場経済が混在する状態が続
   くものと考えられる。
   つまり今までと変わってないが、北朝鮮の経済力については見通しが
   明るいと朝鮮労働党では考えているのであろう。
  • 朝鮮労働党の組織編成では書記局から政務局に変わり、党首班としての金正恩の名称が第一書記から党委員長に変わっただけである。
   金正恩の肩書を党委員長に変えるために、書記局から政務局に名称を
   変えたのであろうが、その意味では過去の金日成と金正日を労働党の
   建設者として奉って、現在の最高指導者が新しい金正恩であることを
   印象付けたものになった。
  • しかし、党中央委員会の委員・候補委員には、いまだに90歳代の抗日パルチザンのメンバーすら残留している。新しい人々も入ってきたが、古い人も捨てきれない現在の北朝鮮の現状を象徴しているように見える。

 

 

 

〔主な著書〕

『北朝鮮によるミサイル発射と日朝交渉の矛盾をどう解くか? 宮本悟 / 朝鮮半島研究』(2014年8月11日 SYNODOS電子マガジン)。

『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?:政軍関係論で読み解く軍隊統制と対外軍事支援』(潮書房光人社,2013年10月)。

 

〔共著〕

中川雅彦編『朝鮮社会主義経済の現在』(アジア経済研究所,2009年3月)。

 

〔論文〕

「千里馬作業班運動と千里馬運動の目的―生産性の向上と外貨不足―」『現代韓国朝鮮研究』13号 (2013年11月)pp.3-13,

「朴槿恵政権による南北交流政策」 『アジ研ワールド・トレンド』第19巻6号(2013年6月)pp.9-13,

「中朝関係が朝鮮人民軍創設過程に与えた影響」 『韓国現代史研究』第1巻第1号(2013年3月)pp.7-29

 

など。