第19回 生命科学のデュアルユースに関する近年の動向

平成25年4月16日(火) PORTA神楽坂 18:30~20:00

四ノ宮成祥(シノミヤ ナリヨシ)氏

防衛医科大学校 医学研究科 総合生理学系 分子生体制御学 教授 医学博士

 

1983年防衛医科大学校・医学教育部医学科卒業。1992年医学博士、1993年防衛医科大学校・生物学講座助教授、1997年同・微生物講座助教授を経て、2007年より現職。

 

専門は免疫・微生物学、分子腫痬学、高圧・潜水医学。

日本ヒト細胞学会(理事)、日本臨床高気圧酸素・潜水医学界(理事)、日本婦人科がん分子標的研究会(学術顧問)、日本宇宙航空環境医学会(評議員)、日本サイメトリー学会(評議員)、その他、日本免疫学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本最近学会、Royal Society of Tropical Medicine and HygieneAmerican Association for Cancer Research、などに所属

概要 :  科学技術のデュアルユース(利用の両義性)は、民生技術の軍事利用という点において、古くから政治・経済に利用されてきた問題である。爆弾、航空機技術、コンピュータなど種々の工学技術が良くも悪くもこのような位置づけとして存在する。近代科学技術の進歩は、毒ガスや核爆弾など大量破壊兵器の開発にも深く関わってきており、このような事業への関与という観点から、科学者、技術者の倫理性が問われてきている。

 生命科学のデュアルユースが最も問題になる局面は生物兵器開発に関するものであるが、第二次世界大戦後しばらくの間は、旧来の微生物・毒素を使用するといった伝統的生物剤の利用でしかなかった。しかし、バイオテクノロジーが急速に進歩するに従って、遺伝子組み換え技術による新型兵器化が懸念されるようになってきた。また、科学技術の革新的な発展は、合成生物学など新たな生命科学分野の台頭を促してきており、方向を間違えば先進的な生物剤開発につながる恐れもある。

 一方で、このような生命科学分野の振興は、人類の科学技術の発展に明るい未来を開いており、医療技術の進展や公衆衛生基盤の向上に大きく寄与することが期待される。我々はこのような先進技術を有効に使用し開発を進めていくためにも、研究・開発における倫理基盤を整備し、社会との対話を通じて透明性のある有益な研究を押し進めなければならない。

 本勉強会では、生命科学領域におけるこれまでのデュアルユース問題の経緯を振り返るとともに、近年問題となったいくつかの事例をもとに、その本質とは何かを探りたい。また、近年の動向を通じて、海外や日本が今後取ろうとしている科学技術政策の方向性についても論じたい。

 

1.バイオテクノロジーの進歩に伴う懸念

 

The Berg letter (1974) 〔モラトリアム・レター〕

1973年のGordon Research

Conferenceで懸念が投げかけられた。

有害性が評価され、その対処法が見つかるまで、以下の2つのタイプの実験を休止する。

Type 1 :抗生薬耐性の遺伝子や毒素産生遺伝子を導入すること

Type 2 :癌遺伝子や動物ウイルスなどの遺伝子を導入すること

 

アシロマ会議 (Asilomar Conference,1975)

カリフォルニア、モントレーのアシロマ会議場で行われた会議

   研究者が自らの研究の自由を保留してまでも社会的責任の重要性について議論した!

• 細菌を使用する場合は自然界で繁殖できない株を使用する(生物学的封じ込め)

• 哺乳類のDNA研究には封じ込め施設を義務づける(物理的封じ込め)

 

NIHガイドライン (1976)

• 科学者による初の自主規制

• 国家の干渉、管理による科学研究の阻害を避ける点で意義

• 危険性の判断基準は、実験者や一般人といったヒトに対する病原性が中心

• ただし危険性が具体的に分かっていなかったので、必要以上に規制が厳しかった

   → その後1982年までに5回の改訂を行い規制緩和

• 我が国でも79年に「組換えDNA実験指針」

 

カルタヘナ議定書

生物多様性条約(1992年リオデジャネイロの環境サミットで起案、1993年成立)が背景

生物多様性の保全、生物多様性の持続的利用、遺伝資源についての公正で公平なアクセスと利益配分が主要テーマ

第19条:バイオテクノロジーの取扱い及び利益の配分

遺伝子組換え生物の移送、取扱い、利用に関する手続きを定める議定書の検討を求める

1999年にコロンビアのカルタヘナで締約国会議開催、2000年に採択、2003年発効

遺伝子組換え生物の輸出入時に輸出国側が輸出先の国に情報を提供、事前同意を得ることなどを義務づけた国際協定(アメリカは加盟していない)

我が国では「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」として2004年に施行、従来の「組換えDNA実験指針」に代わる

 

 

2.デュアルユース問題化の兆し

 

生命科学領域におけるdual use問題化の兆し

(グレー・ゾーンの論文の出現 - 科学研究の誤用・悪用についての懸念)

事例

(1) 野兎病菌でのβ-エンドルフィン産生

Borzenkov, V.M., Pomerantsev, A.P. and Ashmarin, I.P. (1993)

[The additive synthesis of a regulatory peptide in vivo: the administration of a vaccinal Francisella tularensis strain that produces beta-endorphin].

Biull Eksp Biol Med, 116, 151-153.

⇒生物兵器とバイオレギュレーターとを組み合わせた新たな兵器化の可能性?

(2) 炭疽菌ワクチンの改変に関する論文

Pomerantsev, A.P., Staritsin, N.A., Mockov Yu, V. and Marinin, L.I. (1997)

Expression of cereolysine AB genes in Bacillus anthracis vaccine strain ensures protection against experimental hemolytic anthrax infection.

Vaccine, 15, 1846-1850.

⇒あたかも「炭疽菌ワクチン株の改良」といったタイトルに見えるが、 実は…、遺伝子操作による炭疽菌ワクチンの無効化とも読み取れるのではないか?

 

マウスポックスウイルスの遺伝子改変(2001年) 

Australiaの研究チームによって、マウスの避妊ワクチンとして作り出されたウイルスが、免疫系へ影響を与えて強い致死効果を表した。

 

予期せぬ結果によりもたらされる懸念

目的

卵の蛋白に対する抗体産生応答を刺激するワクチンの作製

実験方法

• タンパク遺伝子を運ぶ運搬体(ベクター)としてマウスポックスウイルスを使用

• 抗体産生の効率を高めるためIL-4遺伝子を移入

エクトロメリアウイルスの使用        ワクシニアウイルスの使用

(マウスに感染するウイルス)        (ヒト天然痘のワクチン株)

 避妊ワクチンの作成           意図的な遺伝子改変

• 思いがけない毒性            • 殺人ウイルス作成

• 既存のワクチンが無効

 

痘瘡ウイルスの病原性に関連する遺伝子の報告

VCP (vaccinia virus complement control protein) 補体蛋白を不活性化して免疫機構から回避

                                       

SPICE (smallpox inhibitor of complement enzymes) VCPに相当する痘瘡ウイルスの遺伝子

SPICEという病原因子の特定

SPICEを遺伝子操作できる可能性

 

更に毒性を増したマウスポックスウイルスの使用

致死率が60%から100%へと毒性増加

 

 

3.テロの衝撃とフィンクレポート

 

米国におけるテロの衝撃(2001年) 

      9.11 テロ                    炭疽菌郵送テロ
      9.11 テロ                    炭疽菌郵送テロ

          ↓  The USA PATRIOT Act 「米国愛国者法」の制定

研究者による病原体管理の不備が問題に

価値観の変化

「自由」から「安全」に比重が置かれる時代に

 

用語の定義

Dual-use : 平和利用を目的として行われた研究が軍事へ転用される場合や、研究内容が悪用・誤用されるという場合を想定

 

Fink Report (NAS 2004)

問題となるカテゴリー

1.ワクチンの無効化

2.有用抗菌剤等への耐性獲得

3.微生物の毒性増強

4.病原体の伝染性増強

5.病原体の宿主変更

6.病原体の検知抵抗性

7.病原体や毒素の兵器化

=「生物兵器の凶悪化」に関する事項

 

Finkレポート・7項目の提言

1. Educate the Scientific Community (研究者の教育)

2. Enhance the Review System for Experiments (実験の検証システムの構築)

3. Rely on Self-governance for Review of Publications

   (出版物の査読・自己規制を信頼あるものにする)

4. Create a National Science Advisory Board for Biosecurity

   (Biosecurityについての国家諮問委員会設置:NSABB)

5. Improve Communication between Security, Law Enforcement, and Life Science Organizations                                                                      

   (安全保障、法執行、生命科学学会、三者間のコミュニケーション改善)

6. Review Physical Containment and Personnel Issues (物理的封じ込め及び人員についての審査)

7. Coordinate International Oversight (国際的な管理体制の構築)

 

生物学的リスクの全範囲

 

Lemon-Relmanレポート (2006)

提言1: Endorses and affirms policies and practices that, to the maximum extent possible, promote the free and open exchange of information in the life sciences.

           (最大限に自由で開放的な生命科学の情報交換を支持するための政策や実践)

提言 2: Adopting a broader perspective on thethreat spectrum.

           (「脅威の範囲」をもっと広い視点から捉える)

提言 3: Strengthening and enhancing the scientific and technical expertise within and across the security communities.

           (安全保障に関わる人々の中での科学技術に関する高度専門知識を高める)

提言 4: The adoption and promotion of a common culture of awareness and a shared sense of responsibility within the global community of life scientists.

           (生命科学の世界規模の集団の中で意識啓発及び責任感の醸成と促進を図る)

提言 5: Strengthening the public health infrastructure and existing response and recovery capabilities.

           (公衆衛生の基盤構造及び既存の応答・回復能力を強化する)

 

Dual-use 研究についての新興概念 (Dual use research of concern: DURC)

   潜在的に高い生物学的脅威を有する微生物を用いての研究

   微生物の有害性を高めるような研究

   有害性に対し、宿主の感受性を増強させる可能性のある研究

   技術化を可能にするもしくは情報を促進させる研究

Dual use 研究として取り扱う

 

4.合成生物学の台頭

 

合成生物学によるウイルスの作製

                         聴講風景
                         聴講風景

 

感染性のポリオウイルスを一から人工合成!

• 米国の科学者が出発点となる材料なしに、情報のみからポリオウイルスを合成した。

• これは間違いなく病原微生物を人工的に合成したということであり、生物学的安全性(バイオセイフティ)、生命倫理、テロ防止などの観点から問題点が持ち上がった。

 

前例があれば研究は更に加速

5,386塩基対のバクテリオファージの合成をたった2週間で完成!

 

合成生物学の可能性

The design and fabrication of biological components and systems that do not already exist in the natural world”

現存する生物系を再設計し製造する実際には自然界に存在しない生物構成要素や生物系を設計し製造する

The re-design and fabrication of existing biological systems”

現存する生物系を再設計し製造する

 

合成生物学研究は更に細菌へと…

 

細菌ゲノムの完全合成からわずか2年後には…

 

5.過去のウイルスを蘇らせる

 

インフルエンザウイルス抗原の不連続変異と過去のパンデミック

 

スペイン風邪の謎

 2000~5000万人とも言われる桁外れの死者を出した大流行

   (世界人口の3分の1が感染したといわれる、死亡率が2.55%と高い)

 1535歳の若い世代の犠牲者が多かった(多くは48時間以内に死亡)

現在知られているインフルエンザウイルスの宿主は鳥や哺乳類であるが、これらが1918年のパンデミックの発生源であったのか?

インフルエンザの病原体がインフルエンザウイルスであることは1930年代まで知られていなかった → 病原体標本が保存されていない

↓ 創って確かめてみる

 

スペイン風邪ウイルスの人工合成(2005年)

 

Reverse genetics(逆遺伝学)〔遺伝子工学的手法を用いてウイルスを作る〕

利点

遺伝子さえあれば旧来のウイルスの再構成が可能

 H5N1鳥インフルエンザの脅威予測ができる

ワクチン生成のための原型ウイルスの作製が可能

 

ピア・レビューとバイオセキュリティー ・レビュー

本研究は、抗ウイルス予防薬を服用した研究員により行われ、研究者自身、環境、公衆を保護するためバイオセイフティ上の厳格な注意が払われた。本研究の根本的な目的は、将来のインフルエンザ流行に対して公衆衛生を保護し効果的な方策を開発するために重要な情報を提供することであった。

ピア・レビュー(学術査読) バイオセキュリティ・レビュー (セキュリティの観点からの査読)

があったことが伺える。

 

6.未来のウイルスを先取りして創る

 

H5N1高病原性鳥インフルエンザ

 

高病原性鳥インフルエンザのヒト感染事例

 

河岡、Fouchier 両氏による高病原性鳥インフルエンザ研究が問題に

Gain of function (GOF) research (ウイルスの病原機能を増強する研究)

本来、鳥から鳥にしか感染しなかったウイルスを、哺乳類に空気伝播するよう遺伝子操作

研究の正当性

• 伝播メカニズムの解析

• 流行予測に寄与

• ワクチン株選定のための情報

⇔諮問委員会から論文内容の一部変更指示

  ↓

懸念材料

• 事故/人為ミスによる漏出

• テロへの悪用懸念

 

• モラトリアム(H5N1インフルエンザ感染実験の60日間の自粛)

• 研究継続必要性の訴えかけ(公衆衛生学的な対応の重要性)

 

7.デュアルユース研究のファンディング

 

DURCについて、リスクを最小限に抑え、情報を収集する。

• 現行の規則を補填する。

• 諮問委員会として既存のNSABBを利用する。

• 実験のカテゴリーについてはフィンクの7分類に準拠。

 

DURCに相当する研究はしてはいけないのか?

1. DURC対応としてこれまでに取られてきた方策 (リスクの軽減)

• バイオセーフティレベルを上げて安全に実験する

• 研究施設のセキュリティ強化

• 人員の管理、教育

• 予防薬内服/ワクチン接種などの措置

• 「行動規範(code of conduct)」

2. 制限することによるマイナスの側面

• 実験室感染などの事故例の隠蔽につながる

• 研究資源の廃棄につながる

• 研究の委縮(取り扱わない、分与しない、移送しない、分離・診断しない)

• 情報の非公開が却って緊急時の対応を損ねる

3. 社会の発展・公衆衛生への寄与に重要な研究

• これまでの例は、最終的には出版・公表されている

• デュアルユース問題は社会との共同責任(アウトリーチの重要性) 

H5N1高病原性鳥インフルエンザGOF研究に特化して、グラント供与条件を議論する。

• インフルエンザ研究者、セキュリティー関係者、政策立案者など、多方面の専門家による議論、一般の聴衆も参加。

• リスク-ベネフィット評価の他、ケーススタディーによる議論を行う。

• 本ワークショップだけで、必ずしも、一定の結論を引き出すものではない。しかしこれを参考に、NIHHHSがファンディングのフレームを決める。

 

米国保健福祉省が提案しているH5N1研究課題に対するデュアルユースリスク審査基準

1. 作出予定のウイルスが、自然界においても将来的に出現する可能性があるか

2. 科学的な問いに答え、かつ公衆衛生上の意義を有しているか

3. 同じ科学的疑問に対して、提示する手段よりもリスクの低い方法では答えることができないか

4. 研究従事者と大衆に対しバイオセーフティ上のリスクが十分に軽減される管理体制下にあるか

5. バイオセキュリティ上のリスクが十分に軽減される管理体制下にあるか

6. 研究成果は人類の健康に対する潜在的利益をもたらすものとして広く共有されることが見込めるか

7. 研究課題の実施状況についてファンディングを通じた不正の監視とコミュニケーションの管理ができる体制となっているか

 

すぐさま反論が…

GOF研究の危険性は去っていない

• インフルエンザ研究者は、すぐさまGOF研究を中止して社会と向き合うべきだ

• 独立した機関によりリスク-ベネフィット評価が不可欠

 

戦略プロポーザル

図1. 研究開発の段階に応じた、ステークホルダー別デュアルユース対応策
図1. 研究開発の段階に応じた、ステークホルダー別デュアルユース対応策

 

 

四ノ宮成祥 医学博士 

 

著書 : 

バイオテロと生物戦争  

マルコム ダンドー、小林 靖、四ノ宮 成祥、宮平 靖、金山 敦宏、峯畑 昌道 (2011/8) へるす出版