第18回 財政と社会の危機をどのように克服すべきか

平成25年1月31日(木) 専売ビル 18:30~20:30

井手 英策(いで えいさく)氏

1972年生まれ。

慶應義塾大学経済学部准教授。

専門は財政社会学、財政金融史。

大学の講義では、財政社会学を担当。

1995年 東京大学経済学部卒業、2000年 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、2000年 日本銀行金融研究所客員研究生、2001年 東北学院大学経済学部助手、2003年 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授、2006年 コロラド大学ボルダー校政治学部客員研究員、2008年「高橋財政の研究 昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘」で東大経済学博士、2009年慶應義塾大学経済学部准教授

1章 増税ができない国家

 

1-1. 財政赤字の原因は明らかに税収の不足

       支出の動向・一般会計の税の割合

 

1-2. 日本財政の「ワニの口」

 

1-3. 「減税のために増税」という異常な歴史

       1974年 2兆円減税と法人増税

       1981年 法人税増税(唯一の純増税)

       1984年 所得税減税と法人税増税

       1989年 消費税の導入と所得税、法人税減税

       1990年   法人税減税

       1994年以降 所得税減税

       1997年   消費税増税94年以降の減税のための増税)

       19989年  法人税減税

       通常の先進国では、増税は社会保障や教育に用いる

 

1-4. 先進国最低水準の租税負担

            ISSP Role of Government 2006 より作成

 

      負担率-受益率=純負担率(2000年代平均値)

      北欧と変わらないが「受益」は圧倒的に北欧が大きい

 

       国民純負担率

         純公的負担率=(租税・社会保障負担の対GDP比+フローの赤字の対GDP比)

            -医療・教育・社会的保護の対GDP

          Revenue Statistics 1965-2007, OECD Stat, Source OECD等により作成

 

1-6. 日本以外の先進国は対人社会サービスを強化

       現物・現金給付の対GDP比

           出所)OECD ”Social Expenditure Statistics”より作成

 

1-7. なぜ財政危機か?

    ●社会的なリスクの変容

    -- 男性が稼ぎ、家族を支えてきた時代には、男性の所得保障がもっとも大事だった

    -- 年金、失業給付、疾病給付等の「現金給付」

    è 少子高齢化と女性の社会進出

    -- 女性の就労を支えるための家族給付(育児保育施設や就学前教育)

    -- 高齢者の養老・介護のためのサービス

     こうした新しい社会リスクへの対応が十分に行われないまま、公共投資の削減

      のみが行われ、減税も不可能になってしまった

     乏しい受益=痛税感=租税抵抗

 

2章 なぜ小さな政府がよいのでしょうか?

 

2-1. 行き詰る日本政治

     個別の利害を重視してきた「分断の政治」

       年金や医療:社会保険料を払える人の利益

       後期高齢者医療:75歳以上の高齢者の利益

       介護保険:自己負担ができる高齢者の利益

       農家戸別所得補償:農家の利益

       保育施設:共稼ぎ世帯の利益

       è 族議員政治に典型的に見られるように、「人間の利益」ではなく「誰かの利益」を

     実現してきた政治

       è 高度経済成長が終わり、借金もできなくなれば、分配する資源がなくなる・・・

             誰の利益を削るか、誰に負担を押しつけるかを競い合う政治へ

 

2-2. 小泉政治の歴史的意義

       「生活保護を与えると、低所得者は働く意欲を弱め、怠惰な生活を選ぶ」

       「医療費を下げれば高齢者は健康でも病院通いをするようになる」

       「公務員は収入と雇用が安定しているので働かない上に、定時になれば帰宅する」

       è 「人間は自分の利益のために他者を裏切る」という見解が公然と表明される現在 

       è 政治は「犯人探しの政治」へ

         この犯人探しを見事にやってのけた小泉政治

       -- 「自民党をぶっ壊す」「私を批判する者はすべて抵抗勢力」=

             分断の政治によって自分の支持を再生産する鮮やかな政治手法

       -- これを目指す政治家が後を絶たない

 

2-3. そのような社会は絶望の社会である

       大抵の人びとは信頼できる?

           ISSP Citizenship 2004 より作成

 

       他者も政府も信頼できない社会

           ISSP Citizenship 2004 より作成

 

2-4. なぜ小さな政府をめざすのか?

●信頼できない誰か(低所得層、官僚、政治家)のために税を払うことができるか?

●誰もがムダ遣いをしていると考えられる状況であれば、まずはムダの削減が最優先ではないか

●税を払うくらいなら自分で貯金した方が安心ではないか

●所得が年々減っていくのになぜ税負担が必要か?

       ⇒ 自分の負担を避けるために小さな政府が正当化される

       ⇒ 政府も財政破綻をちらつかせて国民を脅す

       ⇒ だが、小さな政府にすれば、財政は健全化するか?

 

     公務員数の対労働力人口比・政府規模の対GDPè「小さくて効率的な政府」

           出所) OECD government at a glance 2011より作成

 

2-5. 小さな政府=健全な財政ではない

          OECD Statより作成。2009年の比較 (黄色が日本と米国、赤は北欧)

 

     それどころか・・・小さな政府=格差の大きな社会

          縦軸=一般政府の対GDP比、横軸=2000年代後半のジニ係数改善比率

        (不平等改善度) 赤丸が日本

 

2-6. 人を信頼しない社会だから財政赤字?

       人間を信頼する社会なら税収が上がる(グラフ右上が北欧)

 

2-7. 問題の所在:高齢者だけに大きな政府

       社会支出(社会保障)の対GDP比

         高齢者に係る部分はスウェーデンとあまり変わらない

 

       問題の所在:税金もかかっていない

 

       高齢者にだけ大きな政府は・・・「世代間の不公平」などと称して、

       高齢者を批判する雰囲気が強まる = 信頼のさらなる破壊

 

 

       問題の所在:現役世代の少ない受益

       家族給付の対GDP比

              出所:OECD Social Expenditure Databaseより作成

 

       問題の所在:連帯しない社会の象徴

       障害・業務災害・疾病給付の対GDP比

              出所:OECD Social Expenditure Databaseより作成

 

2-8. 信頼の社会vs.分断の社会

 

       民主主義である以上、税を払わないという選択もある

       ⇒ だが生きていく以上、「人間の必要」は必ず存在・・・

             税で痛みを分かち合わなければ、自己負担で自分の必要を満たすしかない

       ⇒ 要するに、

    「経済力のある人だけが生きよい社会」「職を失うと絶望するしかない社会」でよいのか

       ※「信頼の社会」と「分断の社会」の分かれ目

       è どうすればこういう政治や社会を脱却できる?

 

2-9. 人間の利益を満たす政治へ

 

       ●人間の利益を満たす政治とは?

       -- 中間層を受益者にする政治

       -- 低所得層に寛大な方が合理的な政治

    (=低所得層の味方をすれば、自分の利益も増えるから)

       -- 尊厳を傷つけられる人のいない政治è再分配とは「恥ずべき暴露」を必要とする=

             経済的には平等にできても、人間の尊厳を著しく傷つけることを忘れてはいけない

       ⇒ 「選別主義」から「普遍主義」へ

       ⇒ 所得、年齢、性別にかかわらず、誰もにサービスを!

       ⇒ 例えば・・・

     医療を無償化し、全員を受益者にすれば、生活保護の5割弱(医療扶助)はなくなる

 

2-10. 選別主義VS. 普遍主義

 

       ●選別主義の典型=生活保護

       -- 如何にその人が嘘をついているか暴く必要

       -- 役人の裁量で受益者が決まることへの不信

       -- 救済される弱者⇔救済されない弱者

       ⇒ 社会的対立を煽るメカニズム=日本の政治の特徴

       ●普遍主義では対立が無意味

       -- 全員に配るから汚職が起きない

       -- 全員が受益者だから嘘をついても仕方ない

       -- 中間層と低所得層の社会的連帯

       ⇒ 全員を受益者にし、全員を負担者にする政治へ

 

3章 正しい改革の方向性とは?

 

3-1. 社会保障・税一体改革(1)

       【当初の民主党案】

       -- 所得税の最高税率の引き上げ

       -- 相続税の課税最低限の引き下げ

       -- 資本所得への軽減税率の廃止

       ⇒ 社会保障の拡充をセットで議論

       ※ ところが3党合意ですべて先送り

       ⇒ 本来なら、低所得層の負担増を、富裕層の負担増で相殺するとパッケージ化が筋

       ⇒ 消費税をターゲット化すれば、それは低所得層の負担増がクローズアップされて当たり前

       ⇒ せっかく取った税をまた返す軽減税率の愚かしさ

 

3-2. 社会保障・税一体改革(2)

     【社会保障・税一体改革の実態】

       -- 5%の増税のうち、実際に社会保障の拡充に使われるのは1%という事実

       -- 「高齢者三経費(年金、医療、介護)+(わずかの)子育て」、

            あいかわらず「世代間不公平」を煽る構図

       -- 障害者向け支出にいたっては、

           「地方単独事業=地方が勝手にやっている事業」という主張さえなされた

       ⇒ 生活保障、対人社会サービスの供給は自治体の役割

       ⇒ この部分の財源を増やすという発想がきわめて弱く、財政再建のための増税に終わった

 

 

   国民が財政再建ではなく生活保障のための増税を求めていることになぜ気づかないのか?

     では、どのように課税し、給付すればよいのか?

       人間を等しく扱えば格差は縮まる、人間を区別して扱えば格差は広がる

 

3-3. 私たちは年々貧しくなっている

           国民生活基礎調査より作成

 

 

3-4. 「恫喝の国家」と「信頼の社会」どちらを目指すのか?

 

   ●「このままでは財政は破たんする」「国債が暴落する」と国民に迫り、国民の歓心を惹こうと、

      政府が自らを切り刻むことをよしとする政治とは決別したほうがよい

   ●「誰かのため」ではなく「みんなのため」の財政こそが信頼を強める・・・

      財政の原則は “All for All” である

     ⇒ 大転換を求めて挫折した民主党の経験を活かす

     ⇒ 日本は少しずつサービスを拡充し、少しずつ増税するという「当たり前の経験」がない・・・

           経済成長と減税で住宅費、教育費、老後の備えをしてきた歴史

     ⇒ 成長神話の脱却、不信社会の克服のために、自治体は何をすべきか、

           これらを真剣に考える時期に来ている

 

 

井手先生著書

 

『高橋財政の研究-昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘』 (有斐閣、2006)

『中央銀行の財政社会学-現代国家の財政赤字と中央銀行』 (大島通義共著) (知泉書館、2006)

『希望の構想-分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』 (神野直彦共編) (岩波書店、2006)

『交響する社会-「自律と調和」の政治経済学』(菊地登志子・半田正樹共編)(ナカニシヤ出版、2011年)

『雇用連帯社会-脱土建国家の公共事業』 (編著、岩波書店、2011)

『財政赤字の淵源-寛容な社会の条件を考える』 (有斐閣、2012)

『日本財政 転換の指針』岩波新書、2013